抗がん剤治療の基本
抗がん剤治療は全身的な治療
がんの治療は、手術や放射線治療といった「局所治療」と、抗がん剤を使った「全身治療」に大別されます。固形がんでは、遠隔転移などがなくがんが局所にとどまっている場合には、まず手術による切除が第1選択肢となります。しかしながら、がんが進行し、遠隔転移や再発で体にがん細胞が広がってしまっている場合には、手術などの部分的な治療をしても効果が得られないため、全身に作用する抗がん剤による治療が選択されます。
抗がん剤治療の3つの目的
抗がん剤治療は、大きく分けて「手術後の再発予防」と「進行がんの延命・症状緩和」、また「手術前にがんを小さくする」といった目的で行われます。
1.手術後の再発予防
一見転移がなく、手術が可能ながんであっても、検査などでは分からないごく微小ながん細胞が、既に他臓器に転移してしまっている場合があります。そうした場合、手術で目に見えるがんを取り去っても、時間を経て微小ながん細胞から再発してしまう可能性があります。
そこで、手術ができても、後々再発の可能性があると判断される場合には、全身的な治療である抗がん剤を、再発を予防する目的で行います。これが「術後再発予防のための抗がん剤治療」です。
2.進行がんでの延命・症状緩和
一方、発見・診断されたときには既に複数の臓器に転移してしまっている進行がんでは、局所のがんだけ手術で取り去っても治癒は見込めないため、全身に作用する抗がん剤(薬物)での治療が行われます。しかしながら、血液がんなど一部のものを除き、抗がん剤でがんが完治することは稀です。進行がん治療における抗がん剤治療の主な目的は、延命や症状の緩和となります。
進行がんの抗がん剤治療では、当初がんの縮小効果が見られても、しばらくするとがん細胞が薬に対する耐性を持って効かなくなるということが一般的に起こります。そのため、一次治療の抗がん剤Aが効かなくなれば、二次治療では抗がん剤B、それも効かなくなれば三次治療で抗がん剤C…というふうに使用する薬剤を切り替えながら、できる限りの治療を継続していきます。
3.手術前の腫瘍(がん)縮小
さらに、最近では、手術前に抗がん剤治療を行ってがんの縮小を狙う、「術前抗がん剤治療」も広がり始めています。がんのサイズが大きく、周囲の組織に広がっていて手術ができない場合に、抗がん剤でがんを小さくすることで手術が可能になる場合があります。また、事前に抗がん剤でがんを小さくしておくことで、臓器をすべてとらなければならないと診断されていた場合であっても、部分的な切除ですませることできる場合があります。
抗がん剤の種類や治療スケジュール
抗がん剤治療は多くの種類があり、通常いくつかの抗がん剤を組み合わせて行います。薬をどのように組み合わせて、どういう投与スケジュールで何回行うかという治療計画(「レジメン」と呼ばれます)が決まっており、がんの種類に応じてガイドラインで推奨される複数のレジメンが存在します。
近年では、副作用に対する予防法や対策が進歩していることもあり、外来通院で治療を行うことが多くなっています。
乳がんの抗がん剤治療とその治療費
乳がんでは抗がん剤を利用した治療方法の研究が活発に進められており、使われる抗がん剤の組み合わせは非常に多くあります。
乳がんの抗がん剤治療は、主に以下の3つの場合に行われます。
- 1 早期と中期の治療において、手術後に再発予防の目的で行うもの
- 2 再発または転移等により切除できない進行乳がんの治療を目的に行うもの
- 3 しこり(がん)が大きい場合などに、乳房温存手術や、少ない範囲の切除ができるように手術前にがん縮小を狙って行うもの
手術前に行う抗がん剤治療のメリットは、しこりを小さくして切除する範囲を小さくすることで、美容性の高い手術ができるようになることです。ただし、再発率や生存率は、手術前、手術後どちらに抗がん剤治療を行っても変わりません。
逆に、術前の抗がん剤治療のデメリットもあります。手術でとったがん組織から、がんの性質(悪性度など)を詳しく調べて、その後の追加治療の方針を決めますが、術前化学療法を行うことで、行う前の乳がんの状態がわかりにくくなり,術後治療の選択が難しくなる場合があることです。もともとしこりが小さい患者さんなどには、術前抗がん剤治療を行うメリットはありません。
一部の乳がん(乳がん患者さん全体の20%前後)では、細胞の表面に、乳がんの増殖に関わっていると考えられているHER2(ハーツー)と呼ばれるタンパク質が存在します。検査により、HER2が陽性であることがわかった場合には、分子標的薬トラスツズマブ(商品名「ハーセプチン」)を使った治療が検討されます。
また、乳がんは、その原因が女性ホルモンと深く関わっていることが知られており、ホルモン剤という薬も多く使われます。
以下では、治療目的別に、ガイドラインで推奨される代表的な抗がん剤治療、ホルモン療法のレジメンと治療費を示します。
1 手術前治療/手術後(再発予防)の抗がん剤治療
抗がん剤治療のうち、以下のEC、AC、FECは同時に使われませんが、そのいずれかと他の抗がん剤が一緒に使われることがあります。患者さんの状態に合わせて、EC+パクリタキセルや、AC+パクリタキセル+トラスツズマブといった組み合わせで、2種類または3種類の抗がん剤治療が一緒に行われます。
2 転移・再発等により切除できない場合の抗がん剤治療
再発、転移等で使用される抗がん剤は、再発予防で使わなかった抗がん剤のレジメンの中から選びます。効果がある限り使い続け、効果が薄れた時には、別のレジメンを選択して治療を続けます。
3 ホルモン剤(ホルモン療法)
ホルモン剤には経口剤と注射剤があります。すべての患者さんに使われるわけではなく、事前の検査を行ってその薬に「感受性」のある方だけに使用されます。閉経前の患者さんと閉経後の患者さんで使用するホルモン剤は変わってきます。
手術後の再発予防と進行・再発乳がんの治療の両方で使用される場合があり、前者は5年〜10年間、後者では効果がある間はずっと続けます。ここでは、術後再発予防の場合の治療費を示します。
このサイトでは、「身長160cm、体重60kg※」として抗がん剤の使用量を設定し、薬剤治療費を計算しています。
※平成28年国民栄養調査の男女60‐69歳の平均身長と平均体重をもとにした、おおよその男女平均値
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参考文献
- ・日本乳癌学会編 患者さんのための乳癌診療ガイドライン
- ・国立がん研究センターがん情報サービス それぞれのがんの解説「乳がん」